ビーズうさぎのハナちゃんと行く!!

日々の生活、山登りや釣り、ドライブなどをアップします。ここの所、巨樹めぐりがメインですが!(汗)

青森県六ヶ所村、倉内石神「熊野王串神社のエゾエノキ」です!!

上北郡六ヶ所村は、下北半島の付け根、小川原湖の北側の太平洋岸に面し、北は下北郡東通村、西には上北郡の横浜町と野辺地町、南に東北町と三沢市が接しています。

原子力発電の使用済み核燃料の再処理施設や石油備蓄基地、風力発電基地といったエネルギー関連施設が集中していることで有名になっていますが、これらの交付金のおかげで村の財政は豊かですが、人口は1万人を切るところまで過疎化が進行しています。

 

倉内石神地区は、六ケ所村役場の南約13kmのところです

 

六ヶ所村役場東側の国道338号線を南へ進みます

 

道成に約14.2kmで右(西南西)へ入ります

 

道成に約1.2kmの「⇐倉内・国道228号線」の標識に従って左(南南東)へ

約700mで道路左手に南向きに両部鳥居の建つ境内入口です😮

 

前の道路脇に🚗車を止めさせて頂きました

境内に入ると、参道左手に目的のエゾエノキです😛

東側から😀樹高23m、目通り幹囲4.4m、推定樹齢230年とされる大木です

北東側から😃蔦が這い上がっています

北北東側から見上げました😀

熊野王串神社社殿です😌

社殿の左手(西側)のスギの大木には注連縄が巻かれています😛

社殿右側にもスギの御神木が立っています😉

 

では、次へ行きましょう🚗⤴

 

 

 

 

 

 

2026・7・20・14・45

写真22枚

 

青森県東北町、中村道ノ上「中村道ノ上共同墓地の合体木(エゾエノキ・イチイ・ケヤキ)」です!!

中村道ノ上地区は、東北町役場の北約12km、東北町役場東北分庁舎の北東約9kmのところです

 

東北町役場東北分庁舎西側の国道394号線を北東へ進みます

 

道成に約8.3kmの信号で国道394号線は右(東)へ下ります

 

約1kmで「正一位稲荷大明神の杉4本」を見て、約150m先の交差点を左に上がると

左に墓地の南側に目的の合体木があります、北側から見上げました😀

 

前の道路脇に🚗車を止めさせて頂きました

北西側から、手前が一番細いケヤキは目通り幹囲2m程の若いケヤキです😃

西側から、ケヤキとエゾエノキに挟まれてイチイです😨

南西側から、エゾエノキの根際にはコブが発達しています😛

南側から、エゾエノキは北側に傾いて立っています😰

南東側から、エゾエノキは目通り幹囲3.5m程の大木です😊

東側から見るとほかの二本がかくれてしまいました😅

北東側から見上げました、イチイだ窮屈そうです😝

 

では、次へ行きましょう🚗⤴

 

 

 

 

 

 

 

2026・7・20・14・30

写真24枚

青森県東北町、中村道ノ上「正一位稲荷大明神・中村の杉(4本)」(町指定)です!!

中村道ノ上地区は、東北町役場の北約12km、東北町役場東北分庁舎の北東約9kmのところです

 

東北町役場東北分庁舎西側の国道394号線を北東へ進みます

 

道成に約8.3kmの信号で国道394号線は右(東)へ下ります

約1kmで左手の丘の上ぬい「正一位稲荷大明神」が東向きの参道石段の上に鎮座します

 

前の道路脇に🚗車を止めさせて頂きました

道路脇に説明版です

   東北町指定天然記念物 (平成8年3月29日 指定第2号)

     ○名称 中村の杉(4本)

     ○樹齢 100年、○樹高 27.9m、○幹囲 最大3.24m

     ○所在地 東北町字中村道ノ上2-1、○管理 中村正一位稲荷大明神氏子

   説明

 ○古老たちによると、この杉は六ケ所村の漁師が航海する時の目印にしたといわれる。また、小川原湖で発見された県有形民俗文化財「舟ヶ沢の丸木舟」は杉で造られ、480年位前のものと言われており、この地域で、相当古い時代から杉が植えられていたことが伺われる。

 この杉が今に残った理由として、昭和18年頃「母樹」の指定を受け戦時中の「献木」を免れたことによる。

 ○スギ(杉・椙)スギ科の常緑針葉高木、裸子植物、雌雄同株。

 ○スギは、我国特産種で、幹の高さは40m、直径5mに達するものもある。天然杉は本州(青森)、四国、九州(屋久島)まで分布し、太平洋側のオモテスギと、日本海側のウラスギに区別される。ウラスギはオモテスギに比べて下枝が地面に触れて発根する性質が強く、初期の生育は遅い。(このスギはウラスギ系)

 ○用途として、建築、家具、彫刻材、船材、包装材、酒樽等数多く使われ、樹皮は屋根葺き用、葉は線香や飾りの材料となり、日本人にとって無くてはならない樹である。従って、植林樹種の比率では40%を占め、群をぬいている。

 ○杉の語源は直立している幹、すなわちすぐ(直)なき(木)からと言われている。

 ○杉の巨木になるので人々の良い目印になるとされ、神霊が降り宿る信仰が生まれ、各地で神木として植えられている。

 ○適地は年平均気温12~14℃、年降水量3000mm以上で、一般に沢沿いの適潤地が良い。

 *参道右手手前が目通り幹囲3.24m、左手が2.4m、奥の右手が3.17m、左手が2.54mの4本が並んでいます。

                    平成8年3月    東北町教育委員会

参道石段を上がります  ⇑

石段を上ると一の鳥居の両部鳥居です😌

鳥居の下から4本の杉を見上げました😀

手前左側の目通り幹囲2.4mのスギです😃

右手に4本の中で一番太い、目通り幹囲3.24mの大木です😊

参道奥から振り返って最初のスギです😃

一番太いスギです😀

ニノ鳥居です😌

奥側左手のスギは、目通り幹囲2.54mです😛

奥の右手のスギが、4本の中で2番目に太いスギの大木です😀

参道奥から、三番目の太さのスギです😛

二番目の太さのスギです😀

正一位稲荷大明神社殿です😌

社殿前から4本の杉を見ました😊

 

では、次へ行きましょう🚗⤴

 

 

 

 

 

 

2026・7・20・14・20

写真37枚

青森県東北町、五十嵐豊前(南)「豊前の柏」(町指定)です!!

五十嵐豊前(南)地区は、東北町役場の北約17km、東北町役場東北分庁舎の北東約11kmのところです

 

東北町役場東北分庁舎西側の国道394号線を北東へ進みます

 

道成に約8.3kmで国道394号線を右に別けて、県道25号東北横浜線を直進します

約3.4kmで道路左手に大きな柏の木が国道に樹冠を広げています

 

手前を左(西)に入って、道路脇に🚗車を止めさせて頂きました

南東側から😃

南側から見上げました😀

南西側から😃

説明版です

   東北町指定天然記念物(平成7年3月31日

  名称 豊前の柏

  樹高17.7m、幹囲枝下3.25m、胸高2.65m、推定樹齢300年以上

  所在地 東北町字五十嵐190-1 所有者 東北町

   説明  カシワ(柏、槲)ブナ科

    ・分布

 日本全土のほか、朝鮮半島、中国、ウスリー地方(ロシア東部)に分布し、海岸や火山の麓などの、日当たりが良く風当りの強い、やせ地に群生する陽樹である。

 この地域は、古来放牧場として度々野焼きが行なわれた痕跡があり、しかも風当りが強かったので、そうした陽地に二次林として育ったものと思われる。

    ・カシワの名の由来

 カシワは、古くから葉を炊事に使い、炊葉(かしきは)の意味である。両面に星状毛を密生しているので、カシワ餅など食べ物を包んで蒸しても葉にくっつかないので重宝がられ、また、食べ物をその葉の上にのせて炊葉として利用したことからこの名が付いたと言われる。

    ・特徴

 山火事のあとなどによく生えるている落葉高木で、大きいものは高さ15m、胸高直径60cmに達し、枝が太い。葉はミズナラに似ていて、無柄で質が厚く長さは12~20cm、どんぐりは年内に熟し楕円形から球形で、長さは1.5~2cmになる。

    ・用途

 材質が堅いため、土台、枕木、船材、ビール樽、薪炭材として使われ、樹皮からタンニンをとり、皮のなめしや染色に用いる。東北町では戦前頃までナラと同様に炭材として利用された。

 *ここにこのような巨木が残ったのは、豊前蒼前神社の神木として、敬った事による。また、カシワの葉は、翼春の出芽まで落葉しないため譲り葉の意味で縁起木とされる。

          平成7年2月21日          東北町教育委員会

西側から😀

北西側から見上げました😊

 

では、次へ行きましょう🚗⤴

 

 

 

 

 

 

2026・7・20・14・10

写真15枚

青森県七戸町、白石「坪川白石橋のイチョウ」です!!

白石地区は、七戸町役場本庁舎の北北西約5kmのところです

 

七戸町役場本庁舎南側道路を西南西へ、約150mの感応式信号を右(北北西)へ、国道4号線です

 

約2.9kmの「坪川」の「坪橋」手前を左(西)へ、坪川沿いの2車線道路を進みます

 

道成に約1.6kmで一時停止を右(北東)へ、直ぐの交差点を左(北西)へ

約800mの丁字路交差点を右(北東)へ、道成に約400mで「白石橋」です

手前左手の丘の上に目的のイチョウの樹冠が見えています

 

橋の手間を左に入った所に🚗車を止めさせて頂きました

これなのですが・・・

よく分かりませんね・・・

やっぱり解りません、株立ちの樹高18m、目通り幹周11.1mのようですが・・・❓

 

では、次へ行きましょう🚗⤴

 

 

 

 

 

 

 

2026・7・20・13・25

写真7枚

青森県七戸町、銀南木「銀杏木農村公園の大銀南木(おおいちょうのき)」(県指定)です!!

銀南木地区は、七戸町役場本庁舎の西南西約7kmとところです

 

七戸町役場本庁舎南側の道路を西南西へ、約150mの感応式信号を左(南南東)へ、国道4号線です

 

道成に約3.6kmの「道の駅しちのへ⇨」の標識のある信号を右(西)へ

 

道成に約5.2kmの「銀南木2km⇨」の標識に従って交差点を右(北)へ

 

約1.5kmの右カーブのところを左(西)へ入ります、銀南木農村公園の案内板が有ります

約200mで左に銀南木農村公園駐車場です😮

駐車場に🚗車を止めさせて頂きました

駐車場の西側に目的の大きなイチョウです😛

説明版です

   五庵川原(ごあんがわら)と大銀南木(おおいちょうのき)

 この地に縁の深い法身国師は、文治5年(1189年)の春、常陸国真壁郡(茨城県中部)に生まれ、文永10年(1273年)洞内村洞内(十和田市)の地に85歳で入寂した。

 法身は俗名を平四郎といって、18歳ごろ真壁城主、左衛門慰経明のぞうりとり(下足番)であったが、寒風下の主人の下足を懐で保温したことで主人の怒りに触れ面を割られる。平四郎はその下駄を拾ってその場を去る。後日、仏縁によって入宋(中国)して径山寺で修行し、ついに臨済禅によって大徳と敬われるようになり、法身国師の法号を賜わる。

 その後、郷里の真壁に照明寺開山教化の実を上げ、後に松島(宮城県)の青竜山円福寺(後の瑞巌寺)開山の時の執権北条時頼から招かれるに至る。ここでも「大徳の教化に参禅の徒四方より雲集」とある。

 国師は後日の栄耀を嫌って、みちのく糠部は倉岡川の上流に庵を結んだ。弘長3年(1263年)国師は75歳であった。この地に安住する国師のもとに訪ねて来たのは、旧主の経明公主従4人であった。経明公は道無の法号を許されてついに法身の弟子となり、里人が今に伝えて五庵川原または御庵川原と呼ぶように5人の庵ができ、その礎石と井戸などが最近まで残っていたと言われている。

 ここにある銀南木は、国師の手植えと伝えられ、710余年の樹齢を数え、樹高26m、幹囲12m余で樹相雄大、夏の緑は奥ゆかしく、秋の黄葉はまた周囲の風情と呼応して一大景観を呈している。樹勢は幹の周囲に多数の乳垂を見、大枝が伸びて地に達して子樹となり生々無限である。

             昭和57年3月       七戸町教育委員会   

モジズリ(ネジバナ)が咲いています😊

南東側から見ました😃

大小沢山の乳垂(気根)が出ています

南側から見上げました😀

東側から😛

枝下に祠が並んでいます😌

北東側から😃

北側から😮

北側の道路から見ました😛

説明版にあった、枝が伸びて地に着いて子樹が生じています😉

こちら側にも大きな乳垂(気根)です😊

西側から😀

南西側から😃

南西に離れて見ました😊

西側の駐車場から見ました😛

 

では、次へ行きましょう🚗⤴

 

 

 

 

 

 

2026・7・20・12・50

写真36枚

 

 

 

 

 

青森県七戸町、鳥谷部「鳥谷部のイチョウ」です!!

鳥谷部地区は、七戸町役場本庁舎の西南西約2kmのところです

 

七戸町役場本庁舎南側の道路を西南西へ、約150mの信号を右(北北西)へ国道4号線です

 

約300mの「道ノ上」信号を左(西)へ、約300mの一時停止を右(北)へ、また直ぐのカーブミラーの交差点を左(西北西)へ

 

道成に約1kmで左(南)へ橋を渡ります、約500mの一時停止を右(西)へ

 

間も無く右手奥に目的のイチョウが見えます

鳥谷郶神社鳥居前の道路脇に🚗車を止めさせて頂きました

鳥谷郶神社両部鳥居です😊

鳥谷郶神社社殿です😌

目的のイチョウは、鳥居の東側住宅の奥に立っています😮

南南西側から

南側から😃樹高18m、目通り幹囲10.9mを誇る巨木なのですが・・・

大きな枝(幹)が倒れて幹から萌芽しています😃

この辺りから倒れているようですが、太い幹は下枝の葉に隠れってしまっていました😝

 

では、次へ行きましょう🚗⤴

 

 

 

 

 

 

 

2026・7・20・12・30

写真11枚