宮地区は、大垣市役所の西南西約17km、大垣市役所上石津地域事務所の北西約500mのところです
大垣市役所上石津地域事務所の西側の国道365号線を北へ
約200mの「上原」信号を左(西)へ、約250mで牧田川を渡り坂道を上ると

東向きの大神神社(おおみわじんじゃ)前に出ました😮
境内西側の広い駐車場に🚗車を止めさせて頂きました


境内入口両側の石垣の上に太い幹の杉が並びます

「式内 大神神社」社號標です😊

由緒説明版です
式内 大神神社御由緒
御祭神 大物主櫛甕玉命(オオモノヌシクシミカタマノミコト)
相殿 神倭磐余彦天皇(カムヤマトイワレヒコノスメラミコト)
比売多多良五十鈴比売命(ヒメタタライスズヒメノミコト)
沿革
当社は延喜式神名帳所載の神社で、朱鳥6年(西暦692年)持統天皇の伊勢国行幸の際、右大臣三輪朝臣高市麿が神託を承け此の地しに創建せりと云う。
鳥羽天皇の御宇、永久元年(1113年)郁季宮ヶ平に奉祀しとありし。
神武天皇並びに皇后五十鈴媛命の社殿(天延元年:西暦973年創建)暴風雨の為破壊して当社の御手洗川に流され来り給う。よって之れを拾い上げ当社に合祀して流彦大明神と崇め大神神社全体を流彦大明神と称するに至る。
同年七堂伽藍を建立、神威隆盛を極む。
安元2年(1176年)高倉天皇仏像の御寄進あり。当時神階正一位を受けられしと云う。
江戸時代は、歴代領主高木三家の崇敬保護を享く。
明治4年社号を復古して大神神社と改め、同6年郷社に列し氏子等挙って崇敬の誠を捧げ、今日に至る。
御神徳
大物主大神の和魂幸魂奇魂の三つの輪(和)を持ち戴いて、生きるとき人々は不思議な強い力を与えられる夫婦和合・医薬人造り、国(郷)造りに霊験あらたかな大神である。
総本社 奈良県桜井市三輪町、三輪山・元官幣大社 大神神社

「大垣市景観遺産 大神神社」の石碑です



境内で一番太い杉は、鳥居前右(北)側の一本です😃



北北東側から😀樹高32m、目通り幹囲5.6mの巨木です



境内に入って西側から見上げました😊

手水舎です

拝殿です😌


本殿覆い屋です😊

社殿右(北)側に赤い鳥居が並んでいます😊

境内社の稲荷神社です😌

神明社です😌

秋葉神社です😌
祭神 火之夜替速男之神(明治14年:西暦1881年・遠州秋葉神社から勧請)
火之迦具土之神 (宝暦14年:西暦1763年・祢宜上上野から移設)
平成30年(西暦2018年)秋に秋葉神社と愛宕神社を合祀する。
両祭神を旧愛宕神社内陣に祀り、愛宕神社を秋葉神社と改める。
防火の神、悪しき風(暴風)、悪しき雨(暴雨)の守神として奉るもの也。
石灯篭は、宝暦7年(西暦1757年)に当時の旧秋葉神社に多良茶商人から献燈されたと伝う。

貴船神社です😌
御祭神 (水波能売之神・磐長姫之命・天武天皇)
ご利益 (慈雨・縁結び・盛運・順縁)
寛文年中(西暦1661年)大神神社の境内に往古から祀らる天武天皇の御尊像を羽ヶ原沖へ遷し、雨乞いの神として奉られる。
平成29年(西暦2017年)の夏に貴船神社の社殿が強風で破損し、令和元年(西暦2019年)に、旧天武天皇の「社」の趾の大神神社境内に再営する。
天武天皇の御尊像は、白鳳時代から悠久の時を超え、今に貴船神社の御霊代として奉られる。
令和元年秋、旧羽ヶ原邑(現宮区)より遷座。

貴船神社には立派な社號標が有ります😊



貴船神社創建由来の「夫婦杉」です😃



東側から、根の部分が完全に癒着していて、注連縄が二本の間に掛けられています😉
では、次へ行きましょう🚗⤴
2026・5・16・15・15
写真32枚






































































































































































































































