大垣市は、平成18年(2006)3月27日に安八郡墨俣町と養老郡上石津町を編入して、ほぼ現在の市域となりました。
(墨俣と上石津には地域事務所:地域自治区が設置されています)
上石津町奥地区は、大垣市役所の西南西約17km、大垣市役所上石津地域事務所の北西約2kmの所です
大垣市役所上石津地域事務所の西側の国道365号線を北へ
約1.4kmの「下多良」信号を鋭角に左(南西)へ入って、細い橋の手前を右(西)へ道成に
約300mの設備会社の先を右(北西)へ、道成に細い道路を進みます
やがて鍛冶屋川沿いを進んだ1.1kmで


津島神社前に出ました😮
境内端に🚗車を止めさせて頂きました

「村社 津嶋神社」社號標です😊

文化財説明版です
大垣市天然記念物
津島神社の社叢
津島神社は延宝元年(1673)6月の棟札のある古い神社である。
この社叢は樹種も非常に豊富で、目通り幹囲5.8mのイチイガシの古木をはじめ、大木・古木がうっそうと茂り、生態学的にも貴重なものと考えられている。
大垣市重要無形文化財
元禄獅子舞
津島神社の神楽は、約300年前から伝わり、年々の豊作や除病を祈願して奉納されたといわれている。
山郷の素朴さを残すこの神楽は、全12舞からなり、氏子中が伝承している。
大垣市教育委員会

御由緒石碑です
津嶌神社御由緒
鎮座 岐阜県養老郡上石津町大字奥185番地1
祭神 建速素盞嗚尊(たけはやすさのおのみこと)
豊受姫命(とようけひめのみこと)
久々能智命(くくのちのみこと:木の神様・山林業の祖神)
この御社は往昔奥村に所在した真言宗正覚院の鎮守であったが、何時の頃からか奥谷畑上鍛冶屋三村で奉祀し、其の後奥村の氏神として天王さんと称され、村人の崇敬の念も篤く、棟札の数は33枚の多きを数え、延宝元年癸丑(1672)6月社殿修理をはじめ慶応に至るまでの間、再営も3回に及んで居る。
この度、神殿拝殿改築の議成り、平成10年10月10日起工、神域も整備し平成11年10月10日氏子あげて奉祀し落慶の式典を挙行する。
西境内社御鍬神社(豊受大神宮)
東境内社薬師如来(牛頭天王)除病法薬の如来
毘沙門天(多聞天)福寿増長の神
明治29年より津嶌神社の神殿に安置されていた薬師如来と毘沙門天(木像奈良時代の作と推定)は、このたび東境内社を設け奉祀する。
獅子舞(昭和46年4月1日上石津無形民俗文化財に指定)奥の獅子舞は、関ヶ原合戦以前、阿部右近領地当時より伝承されて居る、昔この地に疫病が流行した時、この獅子舞奉献により村人が救われた以後、奥地区民あげて氏神に奉献する一大行事である。
津嶌神社の社叢(昭和63年3月10日)(上石津町指定天然記念物に指定)
本社は社地林地壮大で大木古木が鬱蒼として繁り、実に荘厳な社叢を形成して居る。
平成11年10月10日 津嶌神社氏子中

手水舎です



境内の榧木です😃

大垣市景観遺産・津島神社の社叢の碑です😊



こちらはケヤキの大木ですね😉

拝殿です😌

拝殿左(西)側に、境内最大のスダジイの巨木です😃



樹高35m、目通り幹囲は7.2mだそうです😊


西側境内社の御鍬神社と東境内社の薬師如来(牛頭天王)です😌



境内東端にイチイガシの巨木です😃



南西側から、目通り幹囲5.8mです😀



南東側から😛

幹には多くのサルノコシカケ科のキノコが生えています、幹の中は大丈夫でしょうか😰
では、次へ行きましょう🚗⤴
2026・5・16・14・55
写真30枚